道草雑記帖

「神楽坂 暮らす。」店主の備忘録/日々のこと/器のこと

鉛筆で描く

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画家のタチアキヒロさんは、かれこれ四半世紀にわたってお付き合いが続く友人。その間、変遷する画風についても、ずっと見続けてきたつもりでおります。陰に日向に。
出会った頃はダークな雰囲気のモノトーンの作品を描いていましたが、ここ数年は水彩絵具を使ったストーリー性のあるやさしい色彩の作品を中心に制作。

今月、タチさんには、当店の『展示室』で新作の絵画を展示してもらいました。今回は色彩を使わない作品を制作してほしいという希望を伝えておいたので、モノトーン作品のみの出品にて。ふたたびモノトーンの世界に回帰することになるわけですが、かつてとは違う着地点を見出だしてほしいという僕の願いに、タチさんは見事に応えてくれました。

出来上がってきた作品はすべてポートレイトで、半分が木炭画、残りの半分が鉛筆画。
木炭画も素敵だったけれど、僕が特に気に入ったのは鉛筆で描かれた作品たちでした。鉛筆というのは筆やペンなどに比べると、考えていることが紙の上にダイレクトに伝わりやすく、作者の心映えのようなものがそのまま出やすい画材。タチさんの場合は、髪の毛のような細い描線を束ねてゆくことで面を作り、微妙な濃淡の差を表現してゆきます。仕上がりのサイズはどれもさほど大きくないけれど、そこに傾注された集中力と思いの丈は見た目のサイズでは測りきれないものがあるのです。
作品に登場する人物はみな、瞳の奥底に『真空のスペース』を持っています。その空洞の解釈の仕方によって、絵の見え方はさまざまに変わる。悲しく見えたり、凛として見えたり、微笑んで見えたり、冷たく見えたり。それは、見る者が自らの心情を投影することができる余地を残しているということなのだと思います。
押しつけがましくなく上品で、普遍性がある。タチさんの新境地だなあ、と。そう感じました。

展覧会はすでに終了しましたが、少しだけ作品を残していってもらいました。
その数点は、いまや店のエントランスにすっかり馴染んでおります。


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