遠い昭和
僕の頭と心のベースの部分を形作っているのは、まぎれもなく、70年代と80年代の文化。
その時代はまさにテレビの全盛期だったから、僕は生粋のテレビっ子だと言えるかもしれませんね。
今思えば、面白い番組が目白押しだった時代でした。ドラマ、コント番組、歌番組、あらゆる才能がテレビというメディアに集中していたのだと思います。
一人っ子で、親戚の中で唯一の子供だった僕は、大人に混じって、よくテレビドラマを見ていたものでした。
大好きだったのは、久世光彦さん(プロデュース)と向田邦子さん(脚本)のコンビによる「寺内貫太郎一家」。東京・谷中にある石屋(石貫)を舞台にしたホームドラマで、主役は小林亜星さん、その妻役に加藤治子さん、姑役に樹木希林さん(当時は悠木千帆)。この三人の並びを見ただけでも面白そうでしょう?
さっき訃報が届いた左とん平さんも、石貫の職人役でこのドラマに出ていて、なんとも言えない可笑しみを醸し出していました。あの独特の風貌ですからね、子どもは(大人も)、出てくるだけで大喜びですよね。
伴淳三郎さんや由利徹さんが出ていたし、面白ポイントが随所に散りばめられていて、「寺内貫太郎一家」は、僕にとっては五本の指に入る名作ドラマなのでした。
のちに何度も再放送され、大人になってからも見ているけれど、成長してから見ると、また別の見方ができるものなんですよね。
子供の頃は、見た目のインパクト(亜星さんの太り具合とか、とん平さんの風貌とか、希林さんの老け作りとか)やドタバタぶり(貫太郎と長男の大ゲンカとか、希林さんがジュリーーーと叫ぶ場面とか)がただただ面白くて大笑いしていたのだけれど、大人になってから見ると、笑いの陰に登場人物たちの人生の機微が描かれていることに気づくわけです。
脚本と演出の巧みさもさることながら、主要な演者自身の出自が、それぞれの人物造形の大きな要素になっているような気がします。
以下、wikiを元にした情報で恐縮ですが…。
亜星さん、加藤さん、希林さん、とん平さん、梶芽衣子さん、浅田美代子さんは東京出身、伴淳さんは山形、由利さんと篠ひろ子さんが宮城。長男役の西城秀樹さんを除くと、東京と東北の人がほとんど。このことが、独特の湿度を醸しているんじゃないかと思えてくるのです。
関西の喜劇も笑いあり涙ありだと思うけれど、浅草からはじまった東京の喜劇って、どことなく東北の哀愁を背負っているような気がするんですよね。笑いの陰にあるせつなさの濃度が、関西の喜劇とはちょっと異質なんだと思います。80年代初めの漫才ブーム以降、お笑い界は関西風が主流になってしまったので、この感覚はなかなか伝わりにくいかもしれませんが。
とん平さんが亡くなって、またひとつ、あの名作ドラマ(+東京流の喜劇)を象る重要なピースが欠けてしまったような喪失感。
あの頃のテレビドラマの湿り気を孕んだ空気が懐かしくて、猛烈にせつなさが押し寄せてきました。
左とん平さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
神楽坂 暮らす。(コハルアン) オフィシャルページ http://www.room-j.jp