道草雑記帖

「神楽坂 暮らす。」店主の備忘録/日々のこと/器のこと

うつろい

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3か月くらい前に開催した展覧会の時に、自分用に購入した鈴木稔さんのマグカップ。
朝夕問わず、コーヒーやお茶を飲むのに愛用している器です。
素地と釉薬とで焼成時の収縮率が違うため、見込み(内側)には『貫入』と呼ばれる陶器特有のヒビが出ています。そこに飲み物の色が浸透してゆき、日が経つにつれて独特の景色を生み出すようになりました。

毎日この貫入が目に映るたびに、ああ、これって生活の記憶なんだよなあ、と思います。
今日という日に起こったことは、明日になれば昨日のことになってしまいます。でも、慌ただしくめくられてゆく日々のページはバラバラに存在するのではなく、綴じしろできちんとつながっているのですよね。人はページに書かれていることがイコール人生なのだと思いがちだけれど、僕には、むしろ綴じしろこそがその人の人生を特徴づけるもののように思えてなりません。

なんだか、書いているうちにややこしくなってきてしまったけれど、マグの見込みに現れたこの貫入は、先に述べた綴じしろのようなものなのかもしれないなあ、と僕は思います。
飲んだものや食べたものは体を通って土の中に消えて行ってしまうし、思考の変遷は目に見える形では残らないけれど、貫入というのは、日々色を重ねて蓄積されてゆく『この世に生きた痕跡』のようなもの。それを汚れだと取る向きもあるけれど、僕はむしろ「貫入よ、ありがとう」と言いたくなる。そして、それがなんだかとてもかけがえのないものに思えてきて、何気ない日常に感謝したくなるのです。


神楽坂 暮らす。 オフィシャルページ http://www.room-j.jp